中立国と平和の要塞
| ベルギー王国は1839年にオランダから独立を承認された時、永世中立を宣言しました。そしてその中立の保障は、イギリス・フランス・プロイセン・ロシア・オーストリアによって為されました。 そして1914年、世界大戦が始まります。 駄目?」 そもそもなんで我が国を通る必要がある?」 ま、そういう作戦計画だから仕方ないのよ。通るだけで占領するわけじゃないから安心してね」 ・・・再度言う、我が国は中立国である以上、いかなる国の軍隊も通すわけには行かない!」 やっちゃえ♪ バーサーカー」 こうして、ドイツ軍シュリーフェン計画の対フランス作戦編が始まりました。ドイツ軍主力はベルギーに侵攻、要衝リエージュに殺到しました。ベルギー軍はリエージュ市の周囲に12の要塞を環状に配置し守りを固めていました。 しかしリエージュ市は攻撃開始後2日でドイツ軍に降服しました。が、環状要塞群はそのまま抵抗を続けました。これに対し、ドイツ軍は秘密兵器の42cm臼砲「ディッケ・ベルタ」を投入しています。 ドイツはこの巨砲による攻撃前にもう1度ベルギーに無害通行を認めるように要求しましたが拒否されてしまい、砲撃は開始され要塞群は次々と陥落していきました。 |
| 1939年9月、ドイツのポーランド侵攻により始まった第2次世界大戦。そしてドイツ軍はまたしてもベルギーへと侵攻します。 ベルギーは第1次大戦後、永世中立国としての地位自体は放棄しましたが、第2次大戦でも中立政策のまま臨んでいます。そして防衛力を強化するため、国境線付近にエバン・エマール要塞を構築していました。 というわけでライダー、要塞の攻略は任せたわよ」 アドラーよりシャンツェへ。これより要塞に降下する」 ドイツ軍はヒトラー総統の発案により、エバンエマール要塞攻略とアルベルト運河に掛かる橋の奪取にグライダー空挺部隊の降下猟兵による強襲作戦を実行します。要塞に投入された兵力は僅か78名。隠密のうちに部隊は降下し、成形炸薬と火炎放射器を使い要塞のトーチカを次々と沈黙させ、無力化に成功します。守備隊が外に出て戦っていれば撃退に成功していたでしょうが、混乱する守備隊は何もできず、次の日の朝にドイツ軍主力が到着し、降服しました。 繰り返す、作戦は成功した」 そしてドイツ軍はその後、フランスに対して戦車と航空支援を活用した電撃戦を敢行。作戦開始から僅か1ヶ月でパリは陥落しました。 |